りんどう時評

千葉県船橋市にある、クライシスカウンセリングの専門機関です。

半分、青い

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「半分、青い」は面白い。

 

「話が急展開すぎる」とか「話に一貫性がない」とかいう批判はあるらしいけれど、

思いもかけない方向に流されてしまったり、ひと山こえればまたひと山ってのが人生ってもんだ。

 

若い頃の初心貫徹できる人もいるのだろうけれど、それは幸せな人の話。

 

多くの人々が紆余曲折、回り道をしたり、途中行き止まりになったり、思いもかけない

出来事に翻弄されたりしながら、日々を頑張って生きているのだと思う。

 

この話、「芽の出ない(売れない)クリエーターの葛藤と挫折を描いた面もある。

 

芽の出ない漫画家

芽の出ない映画監督

芽のでない起業家。

 

コツコツと毎日努力を積み重ねていても、報われるとは限らない。

報われない努力を続け、夢をあきらめたとしても、そこがゴールではない。

 

挫折感に打ちのめされたとしても、人はそこから歩いていかなければならない。

日々の糧を得るために。こちらがどんなに辛くても、現実は待ってはくれない。

 

でも、しんどい現実の中で立ち上がる人々の努力はとても尊いものだ。

 

 

「半分、青い」の描写は容赦ない。

 そこにリアリティがあるし、このリアリティが話の面白さのスパイスになっている。

 

明日からは最終週。

この話、どんな結末を迎えるのか、楽しみだなあ。

 

 

岐阜犬

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今日、はじめて「岐阜犬」を見ました。

 

冒頭は有田哲平さんとのやりとりが面白くて、ケラケラと笑ってしまいました。

 

「そうだ、オレもやってみようかな」なんて一瞬考えてしまったのです。

 

でも岐阜犬の魅力って、原田知世さんの独特の間のある、味のある話し方があるからこそのものなので、誰にでもできるものではありません。

 

そうこうしているうちに、場面が急展開。

驚いてしまいました。

 

最後の場面の場面の親子の対話、じーんときました。

 

面と向かい合っていては、本当の気持ちを伝えることは難しいのかもしれません。

でも、何かを仲介役にすれば、照れずに伝えることができる。

 

最後に一番大事なことを伝えられらたのは、本当に良かったと思います。

 

 

研修に行ってきました。

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いまさらの報告ですが、7月初旬にメンタルレスキュー協会にて、2日間にわたり、ロールプレイング研修を受けてきました。

 

受講者がカウンセラー役とクライエント役を相互に演じて、応答の技術を学びます。

 

初日は「事故や事件に遭遇して、調子を崩してしまった人が面談に来るケース」を想定したもの。

 

二日目は「うつのリハビリ期間中に事件や事故に遭遇し、調子を崩してしまった人が面談に来るケース」を想定したものでした。

 

二日間有意義に過ごせたと思います。

 

仕事の質をより一層高めていくためには、研修への参加は欠かせません。

 

来談していただいた方のお役にたてますよう、努力は重ねていきたいと思います。

 

正論は辛い

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世の中には、いわゆる「正論」というものがあります。

 

この「正論」というものは、元気でエネルギーがあるときにはいいのですが、精神的に参ってしまっているときにはとても辛く響くことがあると思います。

 

・過ぎたことをいつまでも悔やんでいても仕方がない、前向きになってください

 

・今は亡くなった人の分まで頑張らねばならない。ここで悲しんでいても、亡くなった 人は喜ばない

 

・子供たちのためにも、今、あなたがしっかりしなければダメでしょ。

 

・休んでしまってみんなに迷惑をかけているのだから、早く復帰してください。

 

惨事を経験してしまったり、うつで治療中だったりするときに、こうした言葉はとても辛いものです。そして、それは一見「正しいもの」に感じてしまうから余計に苦しい。

 

実は悲しいときには無理に我慢せず、「悲しんで」いたほうがいいのです。

十分に悲しんで、自分の感情に対して正直になること。

 

こうしたプロセスをしっかりと踏まえるからこそ、人は元気をとりもどすことができるのです。

 

早く回復しようとしたり、無理に元気にふるまう必要はありません。

辛いときには人の力を借りましょう。

 

自分の心の底にある「感情」を見つめてみましょう。

 

初夏の御嶽神社

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りんどう相談室は御嶽神社の隣にあります。

 

参道を通るとさわやかな風が吹いています。

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樹々がゆたかに茂っています

 

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境内です。

 

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神社のなかの空気はとても澄んでいて、晴れ晴れとした気分になれます。

参道を歩いているだけで、なんだか元気になれるような気がします。

 

りんどう相談室はすぐ隣の町内会館にあります。

皆様のお越しをお待ちししております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よこしまな自分」と「潔白な自分」

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「裏と表があったとしても両方キレイな人でありたい」

 

すこし前の電車の広告にこんなコピーがありました。

 

人前に出している自分と、人前には出すことのない隠された自分の内面。

どちらも清廉潔白でありたいという意味なのでしょう。

 

でもこれでは疲れてしまうと思いませんか?

 

人間の裏側は多少よこしまであってもいいのだと思います。

 

また、裏側によこしまな部分があるからといって表に出ている「潔白な部分」がニセモノとはいえないのだと思います。

 

「自分には何々する資格はないとかさ。自分は何々だと思ってコレコレのことをしてきたけれど、本当はそれは偽りで、自分の心の底にはコレコレしたいシカジカの動機が隠されていたのだから、あれは間違いだったんだ、とかよ」

 

「いちいち自分のすることを分析するのはやめておけって。心配なら心配、お節介だが手を出さずにはいられないならお節介、それでいいじゃねえか」

 

「また始まった。ホントは、だ。ホントは違ってた。ホントはこうだった。やめなさいよ。あんたがその時考えたことが本当なんだよ。本当のあんたは、そのときそのときその場にちゃんといるんだよ。」

 

宮部みゆき 「模倣犯」より

 

なにか「よいこと」をやろうとしたり「誰かのために」と考えて行動したりするときに

「その行為がその人にとって本当に役にたつものかどうか」は考える必要は確かにありますが、「その行為を行おうとする自分の内面」を分析する必要などないのです。

 

そのとき聞こえた「内面からの声」に素直にしたがってみるのがいいでしょう。

「ふなばし市民力発見サイト」に登録されました。

 

 

 

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おしらせ
ふなばし市民力発見サイトに登録させていただきました。
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